「THE HOUSE 金澤」のスタッフ日記&現場レポート
先日読んだある本に、「善の限界」発想と「悪の限界」発想という
普段あまり聞き慣れない言葉とその考え方が書かれてありました。
この2つの発想について、“子育て”に例えて、本には分かりやすく次のようにまとめてあります。
◎「善の限界」発想とは…次から次へやるべきこと、あるべきことを無限に追い求める発想
いい子に育つために、「ウソはつくな」「挨拶はきちんとしろ」「思いやりを持て」「勉強はしろ」
「習い事もしろ」「整理整頓はしろ」「寝る前に歯を磨け」「いい学校に入れ」
「目上の人には尊敬の念を抱け」「○○時には寝なさい」…
というように、色んなするべきこと“善”を際限なく追い求める
◎「悪の限界」発想とは…これだけは守る!これだけはしない!これだけは徹底する!こと
に絞り、最低限のことだけ注力して、後は自由に任せる発想
いい子に育つために、「ウソだけはつくな」だけを守らせて、あとはのびのび育てる
「礼儀・作法」だけは滅茶苦茶厳しく、あとは自由にさせる など
皆さん、どちらが「いい子」の育つ確率が高いと思われますか

“善”の方は、理論的には全て正しい正論ですが、現実には息が詰まります

あれやれ、これやれとやることが増えるばっかりで疲れますよね

(言ってることが正論なので余計に厄介なのですが…)
けど、学校でも職場でも組織ってところは、「善の限界」発想で動きがちになってしまうようです。
そして、あれもやれ!これもやれ!なんでこれやってないんだ!…など、
組織に必ず消化不良感が出てきて、空気が重く、皆なの覇気がなくなるんだそうな…

つまり、「悪の限界」発想の組織の方が伸びる!良い雰囲気になりやすいそうです

その場面ごとのより成果が出る「これ!」を見極めて、絞込み、徹底的にやりきる!
その他のことは、分かっていてもおおらかにやり過ごす… そうすると、
皆なの気分がノってきて、結果的にそれ以外のことも良い方向に向かっていくんですね

「悪の限界」、言葉はちょいワルな感じですが、実はイイ発想なんですねぇ

毎日が“気づき”の連続です!日々精進ですな。。。

(田野)
雪がやみませんねぇ、今日も安全に気をつけて雪掻き頑張りましょう

さて、体調が悪いと、心身ともに凹みやすくなります。
今までは何ともなかった言葉に傷ついたり、ちょっとした出来事にイライラしたり、
無駄に不安がふくらんだり、前向きになろうとしても、おぼれていく・・・
自然体でいたいのに、逆にバラバラになるって感じ

もがくほどに、沈んでいく…そんな時に、色んな人が、優しさでアドバイスをくれるけど何も入らない!
そして、優しさに応えられない自分を責めたり…
でも、そんな風に弱い時こそ、気づくことがたくさんあります

人の温もりだったり、同じく辛い思いをしている人の気持ちがわかったり。
元気な時は気づけなかったことがたくさんあります

だから、人はたまにそんな時があってもいいのでは!?
できれば避けたいけど、深く内省できる時。。。
(田野)
最近、テレビやラジオで“減災”という言葉をよく耳にします。
“減災”とは、地震や津波、台風などの自然災害の被害を少しでも
減らそうとする活動を言い、阪神・淡路大震災後、生まれた概念です。
私たちは、日本に住む以上、様々な自然災害(暴風、豪雨、豪雪、
洪水、火山噴火なども)特に、地震や津波は避けられません

これまで、被害を出さないために万遍なくお金をかけ、保険のような発想で“防災”は行われて
いましたが、いざ災害が発生した被害を全て食い止めようと考えても難しいことがわかってきました。
そこで、ある程度被害の発生を想定した上で、予防を検討していくことが
必要だという問題意識から“減災”ということが唱えられるようになったのです

阪神・淡路大震災から17年、そして東日本大震災から10ヶ月!災害の備えは、
『防ぐ』から『減らす』に切り替わる発想が、さらに加速されつつあります。
「自分だけは大丈夫!」と油断することより、そして、「起こらないように」ではなく、
「起こりうる」を前提に考えた方が、災害に強い社会につながることのように思います

日頃から『自助・共助』を基本に、備えや訓練に取り組んでいきたいですね

(田野)
先日ある雑誌を見ていて、『納得病に気をつけろ!』というコラムに目が止まりました。
「納得した上で実践する」というのは間違っている!つまり、ある程度の
納得は必要かもしれないが基本、それは間違っている
というのです。ちなみに“納得病”とは、自分が納得したことでないと行動できない病気
のことで、意固地な人や素直でない人これにが該当するようです

人は過去の経験の範囲でしか“納得”できないもの!納得したことしか実践しない
のであれば、自分の過去の経験の範囲から出ることができない・・・ということは、
その人の成長のスピードが著しく鈍くなるのだ
と、そのコラムには書かれてありました。納得しないことを言われると人は、多少「ムカッ」と思うことがあると思います。
ですが、それを乗り越えて実践して腑に落ちることによって、その人の
キャパシティーが広がりと深さが出て、成長していくものだと思います

“納得病”は、誰にでもあり、注意が必要なようですね

納得したことしかできない自分になっていませんか?
皆さんの周りに、自分がやってもいないのに、人の提案を否定
ばかりする“納得病”にかかっている人はいらっしゃいませんか

(田野)
今週に入って全国的に寒い日が続いています。路面も凍っていることが多いので
車の運転はもちろんのこと、歩行時も十分な注意が必要ですね
ところで、1902年の今日、北海道・旭川で-41℃という日本最低気温が観測されたそうな

これは、鉄の釘が打てるくらいバナナがカチコチに凍るほどの寒さだそうですよ

さて、自分が未熟であることを認め、受け入れられてる人は強いです

なぜなら、
素直になれるから
謙虚だから
他人から学ぶから
成長力があるから
未熟なことを認めるのと自信を失うのとをごっちゃにしてはいけません。
未熟だからこそ、のびしろがあるんです

未熟だからダメだ、何もしない、できない!ではなく、
未熟だからこそ、
学べる
成長できる
ワクワクする!
未熟さをプラスに活用していきましょうよ
成熟した人間なんて一人もいませんから
(田野)
錦織選手の全豪テニス8強入りの快挙、素晴らしいですね

彼は、早くから海外に渡り、言葉の面でも精神の面でも問題なく外国の試合環境に
うまくとけ込んでいます。徹底した体調管理で躍進してきた彼ですから、
“優勝”を目標にまずは次の試合、ベストを尽くしてもたいたいですね

さて、現状から脱却する(環境を変える)時に、現状が嫌だから脱却する!という
のと、新しい道にワクワクするから脱却する!のとでは、雲泥の差があります。
結果に明らかな差が生まれるのです

後者の方がうまくいく確率が高く、もっと言えば、前者は失敗する確率が高いです

前者の脱却は、逃げでしかない!仮に嫌だとしても、
逃げるのではなく、“だからこそ自分ができること”を探す

自分ができることを一生懸命やっていたら、自然と新しいワクワクする道が見えてくるでしょう

前進か後退か!は、自分次第なんですね

(田野)
先日新聞を読んでいると、武蔵野大教授の原研哉氏が「家」について、次のように言っておられました。
「人口減少と少子高齢化が進む中、最近の元気な高齢世代には、老齢という意識が相対的に薄まり、
大人たちが個々の原理原則を携えてゆっくりと人生を仕上げられる社会が到来するかもしれない。
明治の頃に質に入れた“日本の美意識”を未来に活用する!そうすることが、自分たちの
誇りや幸福のみならず、世界においても好ましい文化貢献ができるのではないか。」 と。
私たち日本人は皆な、うっすらとそう気づき考え始めているんでしょうねぇ

『住まい』において、テレビやスピーカーは壁化し、照明やセンサーは環境化しています。例えば、
玄関で靴を脱ぐ習慣のある日本人にとって、そこには床と身体が直接触れ合う状況があります。
脈拍・体温・体重・血圧などの身体情報を床が感知し、身体が環境と
対話を始めるようなイメージも、もはや荒唐無稽とは言い切れません!
繊細・丁寧・緻密・簡素・清潔・・・といった“日本の美意識”は、テクノロジーの最先端で
機能するはずですから、お風呂やトイレは更に進化し、快適環境の水準を上げるでしょう

そして、ITを使って電力の需給を効率的に行う“スマートグリッド構想”の基点は、
『住まい=家』であり、便利で省エネの電気自動車が家の一部になるような・・・
一人乗りのクルマが直接戸口から出入りする!そんな時代もそう遠くなさそうですね

日本の『家』は、もはや画一的に供給されるものでも不動産価値でもありません

成熟社会という新たな市場と産業の交差点でさらなる進化を始めているんですね

(田野)
『出会い』を求めていくためには、ただ待っているだけではなく、自分から求めていく姿勢が大切です。
自分で切り開くこと
努力すること
工夫すること
向上心を持つこと
何もせずに、何か面白いことないかな~と待っていても、楽しいことは起こりません

自分で動いて見つけていこうとする意欲を持つこと!興味があるなしに関わらず
積極的に様々な出会いを求め、色々なことを体感し、刺激を受ける…
『出会い』は、自身の経験に繋がり、更に新しい何かワクワクすることに繋がります!
そうした姿勢こそ、明るい未来に繋がっていくのだと私は信じています

全ての『出会い』が、自分の糧となりプラスになっている…
周りの皆なと笑顔と感動を分かち合える、イキイキとした毎日でありたいものです

(田野)
今月10日、FIFA国際サッカー連盟の女子の年間最優秀選手(バロンドール賞)に、
な・な・なんと!“なでしこジャパン”のキャプテン・澤穂希選手が選ばれました

日本の選手が選ばれるのは、男女を通じて史上初めての快挙です

本当に素晴らしいですねぇ
彼女は、授賞式のスピーチで、「受賞できたのは、佐々木監督やコーチ、チームメート、それに友人など、
サッカーに携わってくれた人たちのお陰だ」と受賞の喜びを表現しました。
彼女は、昨年のW杯ドイツ大会でキャプテンとしてチームをまとめながら、
個人では得点王・MVPに輝き、そして、日本の優勝に大きく貢献しています

“なでしこジャパン”と決勝戦を戦ったアメリカの選手は、こう言っています。
「日本の選手は、何か偉大なもののためにプレーしていた」と。
この言葉から学ぶことは・・・
『自分は何のために日々プレーしているか?』という問いです。
・お金のためだけに働く
・目的のない仕事をする
・怠けぐせが出ていい加減
・自分の地位ばかりを考えて働く
・成功したら驕って威張る などではなく、
もっと誇り高きものに向かってプレーしているか!? 今一度、問いたいものです

(田野)
私が毎年お正月にすること!それは、「箱根駅伝」をテレビ観戦することです

なぜか見入ってしまうんですよねぇ


今年は、東洋大が大会新記録で完全優勝しました

昨年、歴代最短21秒差で早稲田大に敗れ、その悔しさを
1年間温めて、とんでもない記録を打ち立てましたね

注目の“山の神”柏原選手はもちろんすごいのですが、メンバー
一人一人がベストに近い記録を出し切った結果なのでしょう!?
そして、駅伝がなぜ好きなのか?とよくよく考えてみると…
駅伝を見ていると、私たちが日頃携わっている職場や学校の
組織(チーム)の在り方とものすごく似ているなぁ~と感じます

①全体で考え、全体の成績を優先する
②一人一人が自分の与えられた役割を責任を担いながら行う
③一つの目標に向かって皆なで頑張れる
④チーム全体で喜びも悲しみも分かち合える
カバーし合える仲間がいるって、本当に素晴らしいですよね

(田野)
「大好きなことを仕事にできたらいいなぁ」 とか
「いや、好きなことを仕事にしたら、嫌いにならないかなぁ」
というやりとりをしたことありませんか

ここでは、ちょっとした問題点が…
・仕事になると他に好きじゃないこともついてくる
・仕事になるとプレッシャーなどで純粋に楽しめないんじゃないか
・そもそも大好きなことが特にない
これらをクリアにするにはどうすればいいか

それは、『好きなことを仕事にするんじゃなくて、やるべきことを好きになる』という考え方をする!
たとえどんなに好きな仕事でも、色んな嫌いなものがくっついてきます。
なので、とにかく自分にふってくる全てのことを好きになることです

少し時間がかかっても、ぜーんぶ好きだらけになるといいのでは!? ただ、
それでもどうしても好きになれないものは、思い切って他人に任せちゃうとか

人は、好きなものだらけに囲まれたら強いです

やる気もパワーもチャンスもガンガンやってきます

(田野)
相手を変えようとすればするほど、人間関係は悪化するものです

それはなぜか?というと、相手の悪い部分に意識が集中しているからです。
これを逆の立場で考えてみるとわかるはず

相手から、自分の悪いとこばかり指摘されると
ものっすごくいやなもので、逆に頑なになっちゃいますよね

相手を変えようとする=否定ですから。
これでは、相手が変わるどころか、関係が悪化するだけです

色んなレッスンもそうですが、生徒の悪い部分ばっかり指摘してても中々上達しません

これは、学校や職場も同じですね

相手の欠点への集中を一旦やめて、「どこを伸ばせるか」
「どうなればいいか」と、これからの良いイメージに意識を傾ける!
そうすれば、自然と関係も改善されていき、相手が自然に自分の
欠点に気づけるようになったりして、人は高め合えるんです

足の引っ張り合いは、もういいかげんやめましょか

(田野)



で周りにもプラス